修禅寺
温泉場のいちばん奥、石段の上に構える曹洞宗の古刹で、大同2年(807)に弘法大師が開いたと伝わり「修善寺」という地名そのものがこの寺に由来する。鎌倉幕府の二代将軍・源頼家がこの地で短い生涯を閉じたことから、境内には源氏の悲劇がいまも色濃く残り、宝物殿には母・北条政子が子の冥福を祈って寄進した経典なども伝わる。山門前で清める手水が温泉という、湯の町ならではの参拝が体験できるのもここだけ。開門時間や宝物殿の公開時間は季節で変わるため、訪ねる前に公式の案内を見ておきたい。
湯けむりの町を歩く楽しみは、目的地までの最短距離を競うことの真逆にある。修善寺温泉では、町の真ん中を桂川が流れ、その両岸を赤い小橋がいくつも結んでいる。橋を渡るたびに視界が切り替わり、川音が近づいたり遠ざかったりする。下駄を鳴らして川沿いを行き、湯に手を浸し、竹のあいだを抜けてまた橋を渡る——歩くこと自体が湯あみの一部になる、そんな町だ。源氏の物語が染みついた古寺から、川面に張り出した発祥の湯まで、せせらぎを道しるべに半日ほど巡ってみたい。
温泉街さんぽ|静岡・伊豆
マチノワ編集部
順位ではなく、編集部が選んだ6スポットを順にご紹介します。湯けむりの町を歩く楽しみは、目的地までの最短距離を競うことの真逆にある。修善寺温泉では、町の真ん中を桂川が流れ、その両岸を赤い小橋がいくつも結んでいる。橋を渡るたびに視界が切り替わり、川音が近づいたり遠ざかったりする。下駄を鳴らして川沿いを行き、湯に手を浸し、竹のあいだを抜けてまた橋を渡る——歩くこと自体が湯あみの一部になる、そんな町だ。源氏の物語が染みついた古寺から、川面に張り出した発祥の湯まで、せせらぎを道しるべに半日ほど巡ってみたい。
温泉場のいちばん奥、石段の上に構える曹洞宗の古刹で、大同2年(807)に弘法大師が開いたと伝わり「修善寺」という地名そのものがこの寺に由来する。鎌倉幕府の二代将軍・源頼家がこの地で短い生涯を閉じたことから、境内には源氏の悲劇がいまも色濃く残り、宝物殿には母・北条政子が子の冥福を祈って寄進した経典なども伝わる。山門前で清める手水が温泉という、湯の町ならではの参拝が体験できるのもここだけ。開門時間や宝物殿の公開時間は季節で変わるため、訪ねる前に公式の案内を見ておきたい。
桂川に沿って約400メートル続く石畳の散歩道で、両側から竹が高く張り出し、晴れた日は葉の隙間から落ちる光が足元に揺れる。道の中ほどには竹を組んだ円形のベンチがあり、寝転んで見上げると天を覆う竹の天井が広がる——この「見上げる」体験が小径の名物だ。平成6年から整備された比較的新しい道だが、せせらぎと相まって町に和の情趣を添えている。日が落ちるとライトアップされ、昼とはまるで別の表情に変わる。
桂川の流れの中に小屋掛けされた湯で、弘法大師が手にした仏具・独鈷杵で川の岩を打って湧かせたという発祥伝説を持つ。町のシンボルとして長く親しまれてきたが、現在は見学のみで入浴や足湯としての利用はできない点に注意したい。それでも川面すれすれに湧く湯気と、橋の上から眺める佇まいは町の原風景そのもの。湯に触れたいなら、すぐそばに無料の足湯「河原湯」が設けられている。
温泉街の真ん中を流れる桂川には、渡月橋・虎渓橋・桂橋・楓橋・滝下橋という五つの橋が架かり、それぞれに縁結びや夫婦円満など別々の言い伝えが添えられている。橋ごとに川幅も眺めも変わるので、上流から下流へ順に渡っていくと町の地形が体でわかる。二代将軍・頼家と桂という女性の物語が新歌舞伎の舞台になった川でもあり、朱の欄干と竹の緑、川面の湯気が一枚の絵のように重なる。橋から橋への移動そのものが、この町のさんぽの背骨になる。
桂川を挟んで修禅寺の向かいにある小さな仏堂で、北条政子が非業の死を遂げた我が子・頼家の冥福を祈って建てたと伝わる。堂内には宋から伝来したという経巻を手にした釈迦如来坐像が安置され、伊豆でも古い木造仏堂のひとつに数えられる。すぐ脇には二十三歳でこの地に倒れた頼家の墓が静かに並び、賑わう温泉街のすぐ裏手とは思えない沈んだ空気が流れている。湯の華やぎと歴史の翳りが背中合わせにある——それが修善寺という町の奥行きだ。
温泉街の喧騒から少し離れた丘陵に広がる広大なテーマパークで、英国村やカナダ村、日本庭園などが園内を走るミニ鉄道で結ばれている。修善寺の市街さんぽが「川と竹と湯」の凝縮された距離感だとすれば、ここは一転して景色が開け、季節ごとに紅葉やもみじのライトアップが園内を染める。歩き疲れた足にミニ鉄道がちょうどよく、温泉町の余韻に自然の風景を一枚足したいときに向く。開園は時期が限られ料金も改定されることがあるので、訪問前に公式の最新案内を必ず確認しておきたい。
川音と下駄の音が、町を歩く速度を決めてくれる。マチノワ編集部
どこから歩き出しても、結局は桂川に戻ってくる。それがこの町の地形であり、さんぽの作法でもある。橋を一本ずつ渡り、湯に手を浸し、竹の影で立ち止まる——順路を急かされない時間こそが温泉街の贅沢だ。なお虹の郷など各施設の料金や営業日は季節で動くので、出かける前に公式の案内で今の情報を一度たしかめておくと安心して歩ける。湯上がりの火照りを夕風に冷ましながら、もう一度川沿いを引き返すまでが、修善寺の一日だ。