阪神甲子園球場
1924年(大正13年)の開場以来、ここが「甲子園」という言葉を地名から固有名詞へと押し上げてきた。外野を覆う天然の蔦は球場の象徴で、戦中にいったん刈られながら再生され、いまも季節で色を変える。春夏の高校野球と阪神戦が同じグラウンドで続いてきたこと自体が、この一塊の土地のドラマを濃くしている。試合日とそれ以外で周辺の空気がまるで変わるので、訪問前に開催日程を球場公式で確かめておきたい。
西宮という地名で真っ先に浮かぶものは、人によって違う。夏の甲子園を思う人、厄除けの門戸厄神を思う人、桜の夙川で育った人、灘の酒どころとして覚えている人。ひとつの街がこれだけ別々の顔で記憶されるのは珍しい。今回はそのバラバラさをそのまま地図にした。球場、寺、川、酒蔵——脈絡がないようでいて、どれも海と六甲の間の狭い土地に同居している。観光名所を網羅するのではなく、「ここに来たならこれは見ておきたい」と編集部が思える五つを、テーマ違いのまま並べた。一日で全部回らなくていい。気になった一つを足がかりに、街の重なりを感じてもらえれば十分だ。
球場の歓声、厄除けの寺、桜と酒。海と山にはさまれた一帯を、テーマを変えながら歩く
マチノワ編集部
順位ではなく、編集部が選んだ5軒の名店を順にご紹介します。西宮という地名で真っ先に浮かぶものは、人によって違う。夏の甲子園を思う人、厄除けの門戸厄神を思う人、桜の夙川で育った人、灘の酒どころとして覚えている人。ひとつの街がこれだけ別々の顔で記憶されるのは珍しい。今回はそのバラバラさをそのまま地図にした。球場、寺、川、酒蔵——脈絡がないようでいて、どれも海と六甲の間の狭い土地に同居している。観光名所を網羅するのではなく、「ここに来たならこれは見ておきたい」と編集部が思える五つを、テーマ違いのまま並べた。一日で全部回らなくていい。気になった一つを足がかりに、街の重なりを感じてもらえれば十分だ。
1924年(大正13年)の開場以来、ここが「甲子園」という言葉を地名から固有名詞へと押し上げてきた。外野を覆う天然の蔦は球場の象徴で、戦中にいったん刈られながら再生され、いまも季節で色を変える。春夏の高校野球と阪神戦が同じグラウンドで続いてきたこと自体が、この一塊の土地のドラマを濃くしている。試合日とそれ以外で周辺の空気がまるで変わるので、訪問前に開催日程を球場公式で確かめておきたい。
球場の隣に建つ「甲子園プラス」2階を中心に、2022年の移転リニューアルで展示面積を広げた。優勝校の記録や名場面の映像、実際に使われた用具などが並び、球場の外周をなぞるだけでは見えない百年分の蓄積に触れられる。隣の球場とセットで巡ると、グラウンドで起きた出来事の「裏側」が立体的になるのがここならではの価値だ。開館時間は冬季に短縮され、入館料も区分があるため、最新は施設サイトで確認を。
正式には松泰山東光寺といい、弘法大師が嵯峨天皇の病気平癒を祈って創建したと伝わる。厄神明王を祀る「日本三躰厄神」の一つとされ、関西で厄除けといえばまずここが挙がるほど信仰を集めてきた。坂を上った高台に厄神堂や薬師堂、不動堂が並び、毎年1月18・19日の厄除大祭には参道が屋台で埋まる。駅名にまで寺の通称が冠されているのは、この街と寺の結びつきの深さを物語る。大祭まわりの混雑や授与の時間は寺の案内で確かめたい。
六甲から海へ下る夙川に沿って、南北におよそ2.8km、両岸に桜が連なる。「日本さくら名所100選」に数えられる並木で、見頃の三月下旬から四月上旬は川面に花びらが流れ、阪急・JR・阪神の三路線の駅がいずれも徒歩圏という珍しい立地のおかげで、電車を降りた瞬間から桜の下を歩ける。終日開放・無料で、花の季節以外も新緑や紅葉が水辺を彩る。開花の進み具合は年によってずれるため、訪ねる前に最新の状況を確かめておくとよい。
清酒「白鹿」の辰馬本家酒造が、伝統の酒造りを後世に残そうと1982年に設けた。明治2年築の酒蔵を活かした酒蔵館では、実際の酒造道具に触れ、仕込みの映像や酒造り唄に向き合える。西宮郷は名水「宮水」が湧く土地で、灘五郷の一角として酒づくりが続いてきた歴史そのものがここに凝縮している。球場や桜とは別の、海寄りの西宮のもう一つの顔だ。記念館の企画展示は時期で入れ替わるので、開館日と内容は公式で確認を。
脈絡のなさこそ、この街の輪郭だマチノワ編集部
球場の土の匂い、寺の境内の静けさ、川面に散る桜、酒蔵に残る木の香り。西宮の五つは互いに似ていない。だからこそ、どれか一つを選んで訪ねると、残りが気になって街に長居することになる。拝観時間や入館料、催事の日程は折々で変わるので、出かける前にそれぞれの公式情報に目を通しておくと安心だ。次に「西宮」と聞いたとき、あなたの頭にいくつの顔が浮かぶだろう。