十三重塔
参道を登って楼門の脇に出ると、檜皮の屋根を十三段に積み上げた塔がいきなり視界を埋める。木造の十三重塔としては現存する例が他に見当たらず、いま建つのは室町期に再建されたもの。藤原鎌足の墓塔と伝えられ、高さは十七メートルほど。石塔の十三重なら各地にあるが、これは木で組み上げられているところに談山神社ならではの凄みがある。秋には足もとから梢まで紅葉が塔を取り巻き、朱でも金でもない、層を重ねた木の色が一段ずつ空へ伸びていく。
桜井駅の南口でバスを待っていると、山の方から冷えた空気が下りてくる。揺られること二十数分、谷を縫う道を登りつめた終点で降りると、もう町の音はどこにもない。耳に残るのは沢の水と、足もとを踏む落ち葉の乾いた音だけ。多武峰の懐に抱かれた談山神社は、参道の杉木立に光が斜めに差し込み、その奥にだけ朱の色がともっているような場所だ。秋なら、その朱が境内じゅうの紅葉と溶け合う。
山ふところの社で、藤の昔と朱の秋に出会う
マチノワ編集部
順位ではなく、編集部が選んだ3スポットを順にご紹介します。桜井駅の南口でバスを待っていると、山の方から冷えた空気が下りてくる。揺られること二十数分、谷を縫う道を登りつめた終点で降りると、もう町の音はどこにもない。耳に残るのは沢の水と、足もとを踏む落ち葉の乾いた音だけ。多武峰の懐に抱かれた談山神社は、参道の杉木立に光が斜めに差し込み、その奥にだけ朱の色がともっているような場所だ。秋なら、その朱が境内じゅうの紅葉と溶け合う。
参道を登って楼門の脇に出ると、檜皮の屋根を十三段に積み上げた塔がいきなり視界を埋める。木造の十三重塔としては現存する例が他に見当たらず、いま建つのは室町期に再建されたもの。藤原鎌足の墓塔と伝えられ、高さは十七メートルほど。石塔の十三重なら各地にあるが、これは木で組み上げられているところに談山神社ならではの凄みがある。秋には足もとから梢まで紅葉が塔を取り巻き、朱でも金でもない、層を重ねた木の色が一段ずつ空へ伸びていく。
塔から石段をひと登りすると、山の斜面に張り出すように朱塗りの拝殿が建つ。永正十七年(一五二〇年)の造営と伝わる舞台造で、外周をぐるりと吊り灯籠が縁取っている。板敷きに上がって欄干にもたれると、さっき見上げた塔が今度は眼下に沈み、谷の紅葉が一望のもとに広がる。中央の天井には香木が使われているとも言われ、堂内には独特の気配が漂う。社殿の朱と窓外の紅が一枚の絵のように重なるのは、この高さに拝殿が架けられているからこそだ。
本殿の華やぎから少し離れ、回廊を抜けて東へ下ると、ひっそりとした東殿に出る。祀られているのは鏡女王、鎌足の妻にあたる人で、万葉の歌人・額田王の姉とも伝わる。和歌に長け、情の深い恋の歌を残したことから、いつしか縁結びの社として親しまれるようになった。境内の壮大な社殿群とは対照的に、ここだけは女性的なやわらかさがあり、結びの磐座に触れて願をかける参拝者の姿が絶えない。歴史の表舞台ではなく、その傍らに立った人を祀る場所だ。
谷をひとつ越えた先に、藤の昔も朱の秋もそのまま残っているマチノワ編集部
石段を下りきって振り返ると、十三重塔の最上層だけが木々の上に頭を出していて、ここがやはり山の社だったと思い知る。藤原の世のはじまりも、二人の密談も、千年以上の時を経てなお、この谷の静けさの底に沈んでいる。帰りのバスまでの間、もう一度拝殿の前へ戻り、朱の柱越しに塔を見上げてしまった。観光地として急いで見て回るには惜しい、ゆっくりと足の運びに任せたくなる山だった。なお拝観時間や紅葉まつりの日程は折々に変わるので、出かける前に神社の公式の案内に目を通しておくと安心だ。