霧島神宮
参道を抜けて最初に目に飛び込むのは、緑のなかに据えられた朱塗りの社殿だ。いま立っているこの本殿・幣殿・拝殿は江戸期に薩摩藩主の島津吉貴が寄進したもので、2022年に国宝へ指定された。彫刻や極彩色の細部を見上げていると首が痛くなるほどで、山の社殿としては異例の華やかさだと感じる。境内の右手奥に回ると、樹齢八百年ともいわれる御神木の大杉が立っていて、見上げた幹の太さに思わず足が止まる。この一本が南九州じゅうの杉の祖だと伝わると聞けば、なおさら手を合わせたくなる場所だ。
朝の参道は、まだ少しひんやりしている。杉木立のあいだから差し込む光が石畳に縞をつくり、ときどき鳥の声が頭上をかすめていく。坂をのぼりきると、緑の奥にいきなり朱が立ち上がった。霧島神宮の社殿だ。色を見た瞬間、空気の密度が変わる気がする。背後には高千穂の峰々が霞んでいて、ここがただの神社ではなく、山そのものを拝む場所なのだと、足の裏でわかる。きょうはここを起点に、湯けむりの立つ谷あいまでゆっくり下っていこうと思う。
天孫降臨の伝説が眠る山あいを、湯けむりとともに辿る半日
マチノワ編集部
順位ではなく、編集部が選んだ5スポットを順にご紹介します。朝の参道は、まだ少しひんやりしている。杉木立のあいだから差し込む光が石畳に縞をつくり、ときどき鳥の声が頭上をかすめていく。坂をのぼりきると、緑の奥にいきなり朱が立ち上がった。霧島神宮の社殿だ。色を見た瞬間、空気の密度が変わる気がする。背後には高千穂の峰々が霞んでいて、ここがただの神社ではなく、山そのものを拝む場所なのだと、足の裏でわかる。きょうはここを起点に、湯けむりの立つ谷あいまでゆっくり下っていこうと思う。
参道を抜けて最初に目に飛び込むのは、緑のなかに据えられた朱塗りの社殿だ。いま立っているこの本殿・幣殿・拝殿は江戸期に薩摩藩主の島津吉貴が寄進したもので、2022年に国宝へ指定された。彫刻や極彩色の細部を見上げていると首が痛くなるほどで、山の社殿としては異例の華やかさだと感じる。境内の右手奥に回ると、樹齢八百年ともいわれる御神木の大杉が立っていて、見上げた幹の太さに思わず足が止まる。この一本が南九州じゅうの杉の祖だと伝わると聞けば、なおさら手を合わせたくなる場所だ。
社殿で背中越しに見えていた峰の正体が、これだ。標高1,574メートル、霧島連峰では二番目に高いこの成層火山の頂には、ニニギノミコトが突き立てたと伝わる青銅の天逆鉾が刺さっている。登るなら標高およそ970メートルの高千穂河原から鳥居をくぐり、古宮址を経て御鉢の火口縁を辿るのが定番で、ざらつく火山砂の斜面に足を取られながらの道のりだ。山頂まで行かずとも、河原のビジターセンターから仰ぐ円錐形の山容だけで、ここが「天から神が降りた」と語り継がれてきた理由が腑に落ちる。登山道や開通状況は気象で変わるため、入山前に最新の案内を確かめたい。
山を下って国道沿いを進むと、車道のすぐ脇でいきなり水音が大きくなる。高さ23メートル、幅16メートルの簾のように広がって落ちるのが丸尾滝だ。ふつうの渓流の滝と違って、この滝は上流に湧く温泉の水を集めて流れているため、光の加減で滝つぼが乳青色に澱んで見えることがある。湯の里らしい滝で、温泉地のなかにこういう景物が当たり前に組み込まれているのが霧島らしい。橋の上から眺めると、晴れた日には水しぶきに小さな虹がかかることもあって、しばらく足を止めてしまう。
滝から谷をもう少し下ると、あちこちから白い湯けむりが立ちのぼる一帯に出る。霧島温泉郷の中心、丸尾の集落だ。単純温泉のやわらかな湯もあれば、湯の花の香る硫黄泉もあって、宿や日帰り湯ごとに湯の表情が違うのが歩いていて面白い。荷物を解かずとも、通りに面した足湯にこしかけて靴を脱げば、それだけで一日歩いた疲れがほどけていく。山頂の神話も、青い滝つぼも、最後はこの湯けむりへ続いていたのだと、湯気のなかでぼんやり思う。営業日や料金は施設ごとに異なるので、立ち寄り先は事前に確かめておくとよい。
余力があれば、谷から県境を越えて標高約1,200メートルのえびの高原まで足を伸ばしたい。韓国岳のふもとに開けたこの高原には、白紫池・六観音御池・不動池という三つの火口湖が点在し、それらを繋ぐ池めぐりの遊歩道が一周二時間ほどで歩ける。湖面の色が池ごとに違い、とりわけ不動池のコバルトに澄んだ水は、火山ガスが溶け込んでできた色だと知ると見え方が変わる。社殿から始まった一日が、最後は山の上の静かな水辺で終わる。風の通り道に立つと、霧島がひとつの大きな火山の地形なのだと、ここでようやく全体像が掴める。
朱の色を見た瞬間、空気の密度が変わる。ここは社殿ではなく、山を拝む場所なのだ。マチノワ編集部
谷を下りきって湯に足を浸すと、半日かけて歩いた距離が、ふくらはぎのあたりにじんわり戻ってくる。朱の社殿、山頂に刺さった逆鉾の伝説、青く澱む滝つぼ、池をめぐる風。どれも別々の場所のようでいて、足で繋いでみると一続きの山の物語だったと気づく。霧島は、見にいく土地というより歩いて染み込ませる土地なのかもしれない。湯から上がる頃には日が傾いて、来た道の杉の影が長く伸びていた。なお、各施設の参拝時間や料金、登山道の状況は折にふれて変わるので、出かける前に公式の案内へ目を通しておくと安心して歩ける。(マチノワ編集部)