三保松原(羽衣の松)
松林を抜けると砂浜がひらけ、駿河湾の波打ち際の向こうに富士が立っている。ここは天女が羽衣をかけたと伝わる「羽衣の松」がある場所で、いま見られるのは数代を継いだ三代目。歌川広重らが描き、ユネスコの世界文化遺産「富士山」の構成資産にも含まれた、富士と松と海が一枚におさまる稀有な眺めがこの砂浜の特権だ。風の強い日は波が高く、富士が雲をかぶることも多いので、空が澄む朝のうちが狙い目になる。
バスを降りると、潮の匂いより先に松の匂いが来た。三保のあたりは砂地に根を張った黒松が陽射しを濾していて、地面に落ちる影が網目のように揺れている。波の音はまだ遠い。けれど松林の奥がふっと明るくなる方角に、たぶん海と富士がある——そう見当をつけて、影の濃いほうへ歩きはじめた。半日あれば、松原から港の対岸まで、歩いて、船に乗って、見渡せるはずだった。
羽衣の松から神の道をたどり、水上バスで港の向こうへ。富士を背にした清水のさんぽ
マチノワ編集部
順位ではなく、編集部が選んだ5スポットを順にご紹介します。バスを降りると、潮の匂いより先に松の匂いが来た。三保のあたりは砂地に根を張った黒松が陽射しを濾していて、地面に落ちる影が網目のように揺れている。波の音はまだ遠い。けれど松林の奥がふっと明るくなる方角に、たぶん海と富士がある——そう見当をつけて、影の濃いほうへ歩きはじめた。半日あれば、松原から港の対岸まで、歩いて、船に乗って、見渡せるはずだった。
松林を抜けると砂浜がひらけ、駿河湾の波打ち際の向こうに富士が立っている。ここは天女が羽衣をかけたと伝わる「羽衣の松」がある場所で、いま見られるのは数代を継いだ三代目。歌川広重らが描き、ユネスコの世界文化遺産「富士山」の構成資産にも含まれた、富士と松と海が一枚におさまる稀有な眺めがこの砂浜の特権だ。風の強い日は波が高く、富士が雲をかぶることも多いので、空が澄む朝のうちが狙い目になる。
羽衣の松から内陸へ、約500メートルの松並木がまっすぐ続く。これが「神の道」で、羽衣の松を依代として降りた神が御穂神社まで通う道とされてきた。木洩れ日の落ちる板敷きの遊歩道を歩いていくと、その突き当たりに三穂津彦命・三穂津姫命を祀る御穂神社が静かに構えている。海辺のにぎわいから一転して空気がしんとするのは、この並木が外界の音を吸ってしまうからだろう。羽衣伝説の能面や装束が伝わる社でもあり、松原とセットでこそ意味が立ちあがる場所だ。
三保の松原を歩いたあとは、半島の付け根まで戻って水上バスに乗り換える手がある。三保・日の出・江尻の三つの船着場を結ぶ地元の渡し船で、観光船というより港町の足だ。デッキに出ると、午前に歩いた松原が緑の帯になって遠ざかり、振り返れば富士、前を向けば港のクレーン群——陸を歩いていたときには気づかなかった清水港の全景が、海の上からだとひとつながりに見える。便数や航路は季節で変わるので、乗る前に運航時刻を確かめておきたい。
日の出ののりばから岸沿いを少し歩くと、観覧車をのせた港の建物が見えてくる。地上52メートルの「ドリームスカイ」は一周13分ほどで、晴れていればゴンドラの窓に清水港と富士がそろって入る。館内には寿司の名店を集めた一角や映画館もあって、海風で冷えた体をあたためる昼食どころに事欠かない。観覧車の運行時間は時期で前後するため、夕景を狙うなら最終便の時刻を先に押さえておくといい。歩きづめの半日に、座って港を眺めるための踊り場のような場所だ。
最後は標高300メートルほどの日本平へ登る。隈研吾が手がけた木組みの展望施設で、屋外の回廊を一周すると富士、駿河湾、伊豆半島、そして眼下に清水の港と三保半島が360度ひとつながりに見渡せる。午前に砂浜から見上げた富士を、ここでは同じ高さに近い目線で眺められるのが面白い。入館は無料で、回廊は終日歩ける。土曜は夜まで開いていることがあるので、港の灯がともる時間に合わせる手もあるが、開館日や時間は変わりうるため公式の案内で確かめてから向かうのが確実だ。
松の影を抜けると、波打ち際の向こうに富士がいた。何百年も同じ場所で、同じ景色を見てきた松たちの理由が、その一瞬で腑に落ちる。マチノワ編集部
日本平の回廊をぐるりと一周すると、午前に歩いた松原も、船で渡った港も、ぜんぶ足下の景色のなかに小さく収まっていた。半日かけて地面を這うように見てきたものが、ここでは手のひらにのる。富士は雲に隠れたり出たりを繰り返していて、結局この日いちばん長く眺めたのは、富士そのものより、富士を待つ自分の時間だったかもしれない。海風で乾いた頬のまま、来た道を目で辿る。歩いて、乗って、また見上げて——清水という街は、視点を変えるたびに表情を変える街だった。なお各施設の時間や料金は折にふれ見直されるので、出かける前にそれぞれの公式ページをのぞいておくと安心だ。