叡山電車(鞍馬線)
出町柳を出た電車は、宝ヶ池で本線と分かれて鞍馬線へ入り、住宅地からみるみる山の懐へ吸い込まれていく。圧巻は市原と二ノ瀬のあいだ、線路の両脇からもみじの枝がアーチを描く「もみじのトンネル」だ。ここを通るとき、車体の側面を大きなガラスで覆った展望列車「きらら」なら、座席が窓側へ少し振ってあり、青葉でも紅葉でも頭上いっぱいの葉ごしに光が降ってくる。歩く前から、もう旅が始まっている区間。
出町柳の小さなホームに立つと、京都の中心からほんの数駅なのに、もう空気の温度が違う。一両きりの電車が川沿いを北へ走り出すと、窓のすぐ外を木々の枝がかすめていく。市原を過ぎたあたりで、両側からせり出した葉のトンネルに飲み込まれ、車内がふっと緑色に翳る。終点の鞍馬で降りると、線香とも杉ともつかない匂いが鼻をつき、足の裏に伝わる地面はもう山のものだ。ここから杉木立を登り、根の這う尾根を越えて、向こう側の谷へ。水の音をたどって歩く半日のさんぽを記しておきたい。
出町柳で電車を乗り換え、杉木立の山をひとつ越えて、水音のする谷へ降りていく半日
マチノワ編集部
順位ではなく、編集部が選んだ5スポットを順にご紹介します。出町柳の小さなホームに立つと、京都の中心からほんの数駅なのに、もう空気の温度が違う。一両きりの電車が川沿いを北へ走り出すと、窓のすぐ外を木々の枝がかすめていく。市原を過ぎたあたりで、両側からせり出した葉のトンネルに飲み込まれ、車内がふっと緑色に翳る。終点の鞍馬で降りると、線香とも杉ともつかない匂いが鼻をつき、足の裏に伝わる地面はもう山のものだ。ここから杉木立を登り、根の這う尾根を越えて、向こう側の谷へ。水の音をたどって歩く半日のさんぽを記しておきたい。
出町柳を出た電車は、宝ヶ池で本線と分かれて鞍馬線へ入り、住宅地からみるみる山の懐へ吸い込まれていく。圧巻は市原と二ノ瀬のあいだ、線路の両脇からもみじの枝がアーチを描く「もみじのトンネル」だ。ここを通るとき、車体の側面を大きなガラスで覆った展望列車「きらら」なら、座席が窓側へ少し振ってあり、青葉でも紅葉でも頭上いっぱいの葉ごしに光が降ってくる。歩く前から、もう旅が始まっている区間。
駅を出てすぐの仁王門をくぐると、いきなり急な石段と九十九折の坂が待っている。途中まではケーブルカーで省略もできるが、できれば歩きたい。両側に杉の巨木が立ち並び、見上げるほど高い梢のあいだから細い光が落ちてくる道は、登るほどに俗世から遠ざかる感覚がある。たどり着いた本殿金堂の前には、宇宙の力が集まるとされる三角形の石畳「金剛床」が敷かれ、両手を広げて立つ人の姿があちこちに見える。拝観の入口で愛山費を納めて入る。
本殿の裏手にまわると舗装が途切れ、ここから先は山道になる。圧巻は尾根筋の「木の根道」で、固い岩盤のせいで地中にもぐれなかった杉の根が、地表をうねるように這って網目を描いている。牛若丸がここで跳躍の修行をしたと語り継がれる場所だ。やがて山深い静けさのなかに奥の院魔王殿が現れ、ここを過ぎると道はひたすら下りに転じる。急な石段を慎重に降りきると、谷底の水音が少しずつ近づいてくる。足ごしらえだけはしっかりと。
山を下りきって谷の道に出ると、すぐそこが貴船神社の参道だ。本宮へ続く石段の両脇には朱塗りの春日灯籠がずらりと連なり、見上げる構図は写真でよく知られている。ここは古くから水の神を祀る社で、湧き水に浮かべると文字が現れる「水占みくじ」を求める人が御神水のそばに集まる。本宮からさらに渓流をさかのぼると、玉依姫命を祀る奥宮があり、参道のにぎわいから一転して、しんとした空気が満ちている。
谷を流れる貴船川の上には、水面すれすれに桟敷の床が組まれ、夏のあいだだけ店が並ぶ。京都の鴨川では「ゆか」と書くこの設えを、ここ貴船では「かわどこ」と呼び分ける。床に座ると足もとを清流が音を立てて流れ、両岸の木陰と相まって、街より体感で数度は涼しい。鮎やあまごといった川魚、鱧、京野菜を組んだ会席が中心だが、流しそうめんを名物にする店もあって気軽に立ち寄れる。雨で増水すると床は閉じるので、訪ねる日は店の最新案内を確かめておきたい。
電車を降りた瞬間に空気がひんやりと変わる。京都の街なかとは、ほんの三十分の距離だとは思えない。マチノワ編集部
貴船川の床に腰を下ろし、足もとを流れていく水を眺めていると、ついさっき汗をかいて越えてきた山が嘘のようだ。鞍馬の杉のひんやりした暗がりと、貴船の水面に揺れる光。同じ北山の表と裏を、自分の足でつないだという実感だけが、火照った体に静かに残っている。帰りは貴船口から、またあの一両の電車に揺られて街へ戻る。半日のうちに山ひとつぶんの時間が流れた、そんな疲れの心地よさを抱えて。なお、川床の営業や各社寺の拝観時間は天候や季節で変わるので、出かける前に公式の案内に目を通しておくと安心だ。