八幡堀
豊臣秀次が八幡山に城を構えた折、堀をわざと琵琶湖とつなぎ、行き交う船を城下に引き込んだ。それがこの堀の始まりで、近江商人の荷を運んだ水の道がそのまま町を貫いている。石段を下りて水面の高さに立つと、白壁の土蔵が両岸からせり出し、頭上を橋が渡す光景に包まれる。和船に乗れば三十分ほど、櫓の音とともに蔵の裏側まで水路を行ける。乗船の時間や料金は事業者ごとに違うので、出発前に運航元へ確かめておくとよい。
近江八幡駅の北口を出て、バスに七分ほど揺られると、車窓の景色が瓦屋根と白壁に変わってくる。八幡堀(大杉町)八幡山ロープウェー口で降りると、まず耳が気づく。車の音が遠のいて、かわりに水が石垣にひたひたと触れる、低くやわらかい音がする。八幡堀だ。柳が水面に枝を垂らし、岸の蔵が水鏡に逆さまの姿を落としている。観光地というより、いまも町の呼吸がそのまま残っている場所、という手ざわりがある。日傘を差した人がゆっくり橋を渡っていく。その後ろを、わたしも歩きはじめる。
石垣に水がひたひたと寄せる、商人の町の半日
マチノワ編集部
順位ではなく、編集部が選んだ5スポットを順にご紹介します。近江八幡駅の北口を出て、バスに七分ほど揺られると、車窓の景色が瓦屋根と白壁に変わってくる。八幡堀(大杉町)八幡山ロープウェー口で降りると、まず耳が気づく。車の音が遠のいて、かわりに水が石垣にひたひたと触れる、低くやわらかい音がする。八幡堀だ。柳が水面に枝を垂らし、岸の蔵が水鏡に逆さまの姿を落としている。観光地というより、いまも町の呼吸がそのまま残っている場所、という手ざわりがある。日傘を差した人がゆっくり橋を渡っていく。その後ろを、わたしも歩きはじめる。
豊臣秀次が八幡山に城を構えた折、堀をわざと琵琶湖とつなぎ、行き交う船を城下に引き込んだ。それがこの堀の始まりで、近江商人の荷を運んだ水の道がそのまま町を貫いている。石段を下りて水面の高さに立つと、白壁の土蔵が両岸からせり出し、頭上を橋が渡す光景に包まれる。和船に乗れば三十分ほど、櫓の音とともに蔵の裏側まで水路を行ける。乗船の時間や料金は事業者ごとに違うので、出発前に運航元へ確かめておくとよい。
堀から少し坂を上ると、白壁の連なりが途切れて、楼門が姿をあらわす。近江八幡という地名は、もともとこのお宮の名から来ているという。八幡山そのものを御神体とあおぐ古社で、参道に立つと町の喧噪がふっと遠のく。三月の左義長まつり、四月の八幡まつりと、火を扱う勇壮な祭礼が氏子によって今も受け継がれ、その日は境内が炎と人で埋まる。参拝そのものは時間を問わず迎えてくれるが、社務所の対応時間は公式の案内で見ておきたい。
神社の社殿の奥にロープウェーの山麓駅がある。標高二八三メートルほどの八幡山は、秀次が築いた八幡城の跡で、わずか四分ほどの空中散歩で本丸跡まで運ばれる。山上には、秀次の菩提を弔うために京から移された村雲御所瑞龍寺が静かに建つ。展望の場所に立つと、さっきまで歩いていた堀の水路が細い銀の線になって町を縫い、その先に西の湖と琵琶湖の水面が広がるのが一望できる。運行間隔や往復運賃は季節で変わることがあるので公式の時刻案内を見ておくとよい。
堀から一筋入ると、見越しの松と格子の続く通りに出る。ここ八幡の旧市街は、滋賀県で最初に国の重要伝統的建造物群保存地区へ選ばれた一帯だ。財を成しても本拠地を質素に保ったという近江商人の気風が、黒壁と低い軒に表れている。通りに面した旧西川利右衛門邸は、店と居宅を分けた典型的な八幡商家のつくりで、国の重要文化財に指定されている。建物の公開日や入館の扱いは施設ごとに異なるため、立ち寄る前に各館の最新案内を確かめておきたい。
町を離れる前にバスで少し足を延ばすと、田んぼの向こうに芝で覆われた巨大な草屋根が現れる。地元の和菓子・洋菓子の老舗が本拠を構える場所で、建築家・藤森照信の手による屋根は、季節ごとに芝の色を変えていく。中庭には水田が作られ、敷地そのものが里山のように設計されているのが、ただの店舗と違うところだ。焼きたてのバウムクーヘンを目当てに訪れる人が多い。営業や催しの時間は変わることがあるので、出かける前に公式の案内で確かめておくと無駄足にならない。
水のおもてに、白壁の蔵がもう一度立っているマチノワ編集部
気づけば日が傾いて、堀の水が金色を帯びてきた。蔵の白壁が夕日を吸って、朝とは別の表情に変わっている。この町は、近江商人が物資を運んだ水路と、彼らが財を投じて遺した屋敷、そしてアメリカから渡ってこの地に根を下ろした建築家ヴォーリズ(ウィリアム・メレル・ヴォーリズ)が遺した西洋建築とが、一つの川岸に折り重なっている。今日歩いた草屋根のラ コリーナは藤森照信による現代の設計で、ヴォーリズ建築とはまた別の系譜だが、どちらもこの町の懐の深さを物語っている。早足で回れば二時間ほどだが、橋のたもとで水音を聞いたり、堀端のベンチでひと休みしたりしているうちに、半日があっという間に過ぎた。和船や各施設の運航・開館の時間は季節で動くので、出かける前に公式サイトをのぞいておくと安心だ。柳の影が長く伸びる頃、もう一度堀沿いを駅へ向かって歩く。来たときと同じ水音が、帰りはなぜか名残惜しく聞こえた。