浜松城
若き家康が築き、ここを拠点に天下取りへ歩み出したことから「出世城」と呼ばれてきた一城。野面積みと呼ばれる荒々しい石垣が往時のまま残り、その上に建つ天守の最上階からは浜松の市街地がぐるりと見渡せる。城そのものより、まず街の地形と方角を頭に入れる展望台として最初に立ち寄ると、このあと向かう湖や海の位置関係がつかみやすい。
浜松という街は、市街の真ん中に城があり、西に汽水の浜名湖が広がり、南は遠州灘の砂丘でいきなり太平洋にぶつかる。半日や一日で全部は欲張れないけれど、「街・湖・海」のどれか一つに偏らず、表情の違う場所を選んで並べてみた。歩きやすさより、その土地でしか味わえない手応えを基準にしている。城好きにも、湖の景色目当てにも、砂と風だけが欲しい人にも、どこかで引っかかってくれるはずの五つ。
天守の見晴らし、湖上を渡るゴンドラ、夕日が抜ける赤鳥居まで
マチノワ編集部
順位ではなく、編集部が選んだ5軒の名店を順にご紹介します。浜松という街は、市街の真ん中に城があり、西に汽水の浜名湖が広がり、南は遠州灘の砂丘でいきなり太平洋にぶつかる。半日や一日で全部は欲張れないけれど、「街・湖・海」のどれか一つに偏らず、表情の違う場所を選んで並べてみた。歩きやすさより、その土地でしか味わえない手応えを基準にしている。城好きにも、湖の景色目当てにも、砂と風だけが欲しい人にも、どこかで引っかかってくれるはずの五つ。
若き家康が築き、ここを拠点に天下取りへ歩み出したことから「出世城」と呼ばれてきた一城。野面積みと呼ばれる荒々しい石垣が往時のまま残り、その上に建つ天守の最上階からは浜松の市街地がぐるりと見渡せる。城そのものより、まず街の地形と方角を頭に入れる展望台として最初に立ち寄ると、このあと向かう湖や海の位置関係がつかみやすい。
国内で湖の上を横断するロープウェイはここだけで、浜名湖の内浦を越えて大草山の頂へと運ばれる道のり自体が見どころになっている。山上のミュージアムにはオルゴールや自動演奏オルガン、蓄音機が並び、係の人による実演で当時の音そのものが鳴る。隣接する展望台からは湖が三百六十度に開け、行きのゴンドラと音と眺めがひと続きの体験になるのが、この場所の強みだ。
神社の参道ではなく、観光のシンボルとして昭和四十八年に建てられた高さ約十八メートルの鳥居が、いかり瀬と呼ばれる沖の干潟にぽつんと立っている。背後に社殿がない分、空と水だけを背負って浮かんで見えるのが独特で、冬至の前後には鳥居の枠のちょうど真ん中に夕日が沈み込む。駅から数分で湖畔に出られる近さも、日没を待ってから動ける気軽さにつながっている。
東西約四キロにわたって遠州灘沿いに横たわる砂丘で、強い海風が砂の表面に風紋を描き、その模様は風向き次第で日ごとに姿を変える。砂を越えた先がそのまま太平洋の浜という地続きの開放感は、市街から十数分とは思えないほどだ。遠州灘はアカウミガメの産卵地として知られ、夏の終わりから秋の子ガメ観察会など、海の営みに触れられる時季もある。
奥浜名湖の北、井伊氏発祥の地・井伊谷にある古刹で、江戸期に彦根藩主となった井伊家の菩提寺として続いてきた。本堂裏の庭園は小堀遠州の作と伝えられ、築山と石組みで鶴と亀をかたどった構成が国の名勝に指定されている。湖や砂丘の開けた景色のあとに、縁側から苔と石をじっと眺める時間を置くと、同じ浜松でもまるで違う土地に来たような落差が味わえる。
城下から湖、そして砂丘へ。同じ街の中で景色がこれだけ切り替わる場所もそうない。マチノワ編集部
五つを一本の線で結ぼうとすると、市街の城、西の湖、南の海と方向がばらけるので、興味の濃いところを二、三に絞って巡るほうが満足度は高い。砂丘の風、湖上のゴンドラ、庭の苔——どれも写真より実物が勝つ類いの景色だ。拝観料や運行時間、休館日はそのつど動くので、出かける前に各施設の公式発表をのぞいておくと安心して回れる。