元離宮二条城
徳川家康が築き、十五代将軍慶喜が大政奉還を表明した二の丸御殿が国宝として残る。歩くと床板が音を立てる「鶯張り」の廊下は、不意の侵入を音で察するための仕掛けと伝わり、将軍の城ならではの緊張感を足裏で味わえる。狩野派による松鷹の障壁画が大広間を埋め尽くし、武家の力を見せつける造りになっている。観覧休止日や料金は時期で変わるため、訪問前に京都市の公式案内で確かめておきたい。
堀川と烏丸にはさまれた洛中の一角には、徳川の城と天皇の御所という、性格のまるで違う二つの「権力の場所」が一キロ余りの距離で隣り合っている。豪壮な障壁画で客を圧する城と、白砂と築地塀で静けさを保つ御所。その落差こそが京都の面白さだと考え、この記事では城から御所へと北へ歩きながら、合間に水と龍、マンガ、そして狛イノシシの社を挟み、午前から午後にかけて時代をまたぐように巡る。
NIJOJO GOSHO
マチノワ編集部
順位ではなく、編集部が選んだ5軒の名店を順にご紹介します。堀川と烏丸にはさまれた洛中の一角には、徳川の城と天皇の御所という、性格のまるで違う二つの「権力の場所」が一キロ余りの距離で隣り合っている。豪壮な障壁画で客を圧する城と、白砂と築地塀で静けさを保つ御所。その落差こそが京都の面白さだと考え、この記事では城から御所へと北へ歩きながら、合間に水と龍、マンガ、そして狛イノシシの社を挟み、午前から午後にかけて時代をまたぐように巡る。
徳川家康が築き、十五代将軍慶喜が大政奉還を表明した二の丸御殿が国宝として残る。歩くと床板が音を立てる「鶯張り」の廊下は、不意の侵入を音で察するための仕掛けと伝わり、将軍の城ならではの緊張感を足裏で味わえる。狩野派による松鷹の障壁画が大広間を埋め尽くし、武家の力を見せつける造りになっている。観覧休止日や料金は時期で変わるため、訪問前に京都市の公式案内で確かめておきたい。
794年の平安京造営とともに設けられた禁苑の名残で、天皇が舟遊びをした池が今も中京の街中に水をたたえている。824年に空海が雨乞いの修法で勧請したと伝わる善女龍王を中島に祀り、池に架かる朱塗りの法成橋は「願い事を一つだけ念じて渡る」と言い習わされてきた。城の人工的な豪華さの直後に、千二百年前の庭園の気配へ切り替わるのが面白い。拝観は無料だが、寺務所の対応時間は限られるので最新は公式で確かめたい。
閉校した元龍池小学校の校舎を生かした、京都市と京都精華大学による日本初のマンガ専門ミュージアム。壁一面の「マンガの壁」に約5万冊が並び、館内のどこでも、芝生のグラウンドでも自由に読めるのが他にない過ごし方になる。歴史を辿る一日のなかで、明治の小学校建築と現代のマンガ文化が重なる時間が挟まると、洛中の地層の厚みが実感できる。開館日や料金は変わることがあるので公式サイトで最新を見ておくとよい。
和気清麻呂を祀り、彼が流刑の道中で猪の群れに守られ足の傷も癒えたという故事から、足腰の守護で知られる。拝殿前を固めるのは狛犬ではなく一対の狛イノシシで、境内のあちこちに猪の像や絵馬が見られるのがこの社ならではの眺めだ。半日歩き通した行程の折り返しに、足を健やかにと願うにはちょうどよい。御所の西、蛤御門のほぼ向かいに建つので、参拝後そのまま御苑へ入れる。拝観は無料で、授与所の時間などは公式で確認を。
明治の東京遷都までおよそ五百年、歴代天皇が住まいとした御所で、申し込み不要・無料で通年参観できる。即位や節会の正殿である紫宸殿が白砂の庭に向かって開け、左近の桜と右近の橘が今も対をなして植えられている。金と漆で武威を語った二条城を朝に見た目には、この余白の多い清楚な構えが対照的に映り、城と御所を一日で結ぶ意味がここで腑に落ちる。参観時間は季節で変わるため、宮内庁の案内で最新を確かめてから向かいたい。
城の金箔から御所の白砂へ。一キロの北上が、四百年をさかのぼる。マチノワ編集部
9時前に二条城前駅から地上へ出て大手門をくぐり、二の丸御殿の鶯張りを踏みながら90分。御殿を出たら南の塀沿いに5分、10時半ごろ神泉苑の朱橋で龍王に手を合わせる。御池通を東へ20分ほど歩いて11時過ぎ、烏丸御池のマンガミュージアムで早めの昼休みを兼ねて畳と芝生で本を広げる。午後1時に烏丸通を北上して護王神社の狛イノシシに足腰を願い、2時、蛤御門から京都御苑の砂利道を踏んで御所へ。建礼門と紫宸殿を見て4時前に今出川駅へ抜ければ、徳川から平安まで一筆書きでさかのぼる半日になる。各施設の開門時間や料金は折々に見直されるので、出かける前に公式の案内へ目を通しておくと安心だ。