玄関に置かれた生け簀が、この店の説明を先にしてしまう
引き戸を開けて最初に目に入るのは、席でも板場でもなく水槽だ。石畳風の床に囲まれたホールの中央に、黒い縁の生け簀が据えてある。松寿司本店が活魚料理を看板に掲げている理由は、この一台を見れば言葉での説明がいらない。切り身で仕入れて並べるのではなく、生きたまま店に置き、注文が入ってから包丁を入れる。海に面していない稲沢のような土地でこの設備を回し続けるのは、水の管理も仕入れの段取りも手間がかかる。それでも店はここを削っていない。寿司のほうは、市場から仕入れた旬の魚を職人が一貫ずつ握る。もうひとつ、この店が自分で手を入れているのが醤油で、既製品をそのまま卓に出すのではなく、店でブレンドしたものを使っている。ネタの構成で勝負する寿司屋は各地にあるが、最後に垂らす一滴まで調整している店はそれほど多くない。これ、地味に効く。ホールの壁には、建物の写真が三枚、額に入って掛かっている。同じ場所で長く商売を続けてきた店が、自分の来歴を客の目に入る位置に置いている。魚も、店の歩いてきた道も、隠さずに見せる。稲沢で寿司の名前を挙げるとき、この一軒が出てくる理由の芯はそこにある。